イベントレポート/「暮らす」「働く」を近くに。郊外で自分らしい暮らしをかなえるには
イベントは「アーツ千代田 3331」で開催されました
郊外の新しいライフスタイルを提案する「ネスティングパーク黒川」。オープンに先がけて3月14日、「郊外の新しい暮らしと働き方」をテーマにトークショーが開催されました。
「郊外=ベッドタウン」ではない
「郊外」にイメージするのは、同じ建物が並ぶベッドタウン、満員電車に揺られて都心の会社に通うライフスタイル。一方、ここ20年ほどで働き方は多様になり、都心と郊外を結ぶ交通網も便利になっています。 「郊外にはたくさんの余地が残されているんです」と、企画・設計を担当したブルースタジオの大島芳彦さん。「住むだけでなく働く場も郊外に共存できれば、必要なときだけ都心の会社に行く『オンデマンド通勤』が可能になったり、暮らしのあり方自体が変わるはずです」。
このプロジェクトに取り組むブルースタジオのクリエイティブディレクター・大島芳彦さん
「ネスティングパーク黒川」が位置するのは、各駅停車のみ停まる小田急多摩線の黒川駅前。この10年で昼間人口が2倍に増え、子育て世代が増えているエリアです。古くからの宅地団地には仕事をリタイアした富裕層もいるなど、幅広い世代が共存しています。 「自然豊かな環境を生かして、ここにバンガロー村のような場所を作ろうと考えました。仕事ができるコワーキングオフィスやカフェがあって、森で焚き火を囲んで打ち合わせもできる、そんな場所を駅を出てすぐのところに実現します」。世代をつなぎ、職住が近接した新しいワークライフスタイルに期待が高まります。
サテライトオフィス、テレワーク……働き方改革で郊外が復活!
「SUUMO」編集長の池本洋一さんは、郊外で暮らしながら多様な働き方を実践する事例を紹介。「海の近くに住みたい」と、都内の企業に所属しながら和歌山にサテライトオフィスを立ち上げた人。朝、集中したい時間だけ自宅でテレワークで行う人。社長自ら子連れ出勤を実践している例など、新しいワークスタイルが紹介されました。
「サテライトオフィスを活用する企業が増えれば、子育てしやすい郊外で暮らしながら東京の企業で働く暮らしも実現しやすくなる。『働き方改革』が各企業で進んでいるからこそ、郊外が復活する可能性が出てきたのかもしれません」。
東京近郊の住宅事情に詳しい、リクルート住まいカンパニー「SUUMO」編集長の池本洋一さん
新しい働き方の導入はまだまだ課題が多いものの、今の採用市場では働き方改革を進めなければ良い人材を採用できないからこそ、発展が予想されます。都心の住宅価格の高騰や保育問題もあり郊外に移る動きは出ていますが、「まだ特定の街に限られた状況。だから『ネスティングパーク黒川』のトライアルは楽しみですね」と池本さん。
郊外で起業、「ママの幸せ」を街の幸せに
続いては郊外で新しい働き方・暮らし方を実践している方が登壇。一人目は、愛知県岡崎市で惣菜店「wagamama house」の代表を務める中根利枝さんです。
中学生と高校生、2人の男の子のお母さんである中根利枝さん
普通の主婦だった中根さんは育児や農業を通して社会の将来を考えるようになり、「リノベーションスクール」参加を機に起業を決意。「店を始めたかったというより場所がほしかったんです。理想は自分たちで“選べる”食・仕事・教育。ほしい暮らしを“わがまま”に選んで、『人生は素晴らしい』と言える大人が増えたら、子どもたちの未来もきっと幸せになると思って」。
場所は岡崎の市街地。郊外にショッピングモールができて寂れてしまったエリアで、開業当初はなかなか人が集まらなかったそう。しかしお店が軌道に乗り始め、いきいきと働く主婦、場所を使ってコンサートやワークショップ、子どもの学習塾を開く人など、思いを共有する人が集う場になっていきました。
「都会に行かないと手に入らなかったものも、自分の街で表現してくれる人がいるんだと実感しました」と中根さん。「街づくりをしよう」と大きく構えなくても、「ママが輝いて家族が幸せになれば、街は自然に幸せになっていくと思います」と語ってくれました。
すぐに申し込み定員に達した会場。多くの参加者が熱心に耳を傾けます
自分の興味と「世の中のために」を軸に仲間を集めて
神奈川県川崎市で一般社団法人「カワサキノサキ」を立ち上げた田村寛之さん。きっかけは、自身が川崎に抱いていたネガティブな印象に向き合うためでした。「ゴミ拾いのボランティア活動を始めてみたら、ファミリーからホームレスの方まで多様な人が集まってくれて。続けるうちに街が好きになっていきました」。
ボランティアや事業など複数のプロジェクトに並行して関わっている田村寛之さん
街に関わる中で出会ったのが、川崎で地場野菜を作る同年代の農家。彼らが主催する「農園フェス」にチーム作りから関わって約2000人が訪れるイベントに成長させ、武蔵小杉駅でマルシェも開催しました。元米軍基地消防士の経験を生かし、多摩川の水で飲料水を作って火を起こすイベントや、区役所で子ども向けの防災訓練も実施。
「防災を通して、山も川もあるこの街を好きになってほしくて。内容はバラバラですが、自分が興味があって世のためになることを軸にいくつもの名刺を持って、だんだん事業化していきました」。
現在は「ドヤ街をドア街へ」と、簡易宿泊所が集う一帯のエリアリノベーションに取り組んでいます。「僕にスキルはないけれど、仲間を集めて彼らの情熱に火をつけることはできる。その役割を世の中のために使っていけたら」と話してくれました。
パネルセッション/郊外はなぜ選ばれる?
ここからは登壇者4名によるパネルセッションがスタート
「都心から郊外というと昔は都落ちのイメージでしたが、今は積極的に選ぶ感覚ですね」と大島さんが話すと、「『住みたい街ランキング』でも“都心から郊外へ”がトレンドです」と池本さん。理由は都内の家賃高騰、そして街のブランドにお金を払わない若い層が増えたこと。
「実際に暮らしやすくて楽しい街の方がいいじゃん、と。自分らしい暮らしを作る人は郊外に多い印象です」(池本さん)
中根さんや田村さんのような人はまだ少数派ですが、郊外に眠っていた“本当はやりたかった”人たちが彼らのような人に触発されて動き出し、さらにSNSで拡散されることで「私も郊外で楽しい暮らしができるかも」という考え方が増えているそう。「私も場を作ったことで、同じように考えていた人が集まってきた感覚です」と中根さん。
労働とも仕事とも違う、自分らしい「活動」を起こしやすい
中根さんと田村さんに共通しているのが、利益よりも問題解決を活動のベースにしていること。
「労働・仕事・活動に分けるとしたら、『活動』はお金を生むか分からないけど自分の気持ちに沿って動くこと。震災を機にボランティアに参加し、活動が生き方や幸せにつながると考える人が増えたというデータが出ています」(池本さん)
「ゴミ拾いを通じて仲間が増えて、彼らの課題に耳を傾けるうち『それ自分たちでできるんじゃない?』と発想が広がった。都心より郊外の方がゆるいつながりをキープできるのかな」(田村さん)
「川崎には、お隣さんと醤油を貸し借りするような顔の見える関係がある」と田村さん
郊外にはリタイアした団塊世代も多く暮らしています。「場をつくることで彼らのキャリアを活用できるのでは?」と大島さんが問いかけると、「仕事の肩書きを捨てて楽しみたいと、郊外でDIYや古民家再生、料理などに取り組む団塊世代は多いです」と池本さん。中根さんの店では定年退職後に農業を始めた方から野菜を仕入れていて、お母さんたちに株や社会情勢を教えるなど交流が生まれているそう。
没個性から変わる「新しい郊外」とは?
「地方に移住すると後戻りできなくなるけど、川崎は東京とちょうどいい距離。山も川も、鳥がさえずる声もあって自分を取り戻す時間を培えます。ゆとりがあるから、東京の動きを客観的に見られますね」(田村さん)
「『都会に行かなければ』ではなく、視点を変えると幸せはすぐそばにある。心地よい暮らしを選択していきいき暮らす人が増えて、子どもも幸せになる郊外がいいですね」(中根さん)
「キュッとしまって生きていくんじゃなく、分散しながら自分の心地よい暮らしを選択していけたら」と中根さん
「一つは『消費する郊外から生産する郊外へ』。活動を生み出す人が住む郊外へ変わっていくと感じます。二つ目は『ベッドタウンからベット(賭ける)タウンへ』。何かに賭けてみる、人生の転機になる行動を起こした人が幸せになる郊外が、お二人の話から見えてきました。郊外ならローンに縛られず肩肘張らず暮らせるし、鉄道のスピードも昔より上がっているので通勤ストレスも軽い。可能性は大きいと思います」(池本さん)
郊外でもターミナル駅周辺は盛り上がっていますが、大規模な商業が発展して画一的になりがちです。「黒川のように各駅停車しか停まらない駅の街は生活に近く、利便性も兼ね備えていて可能性が大きい。『ネスティングパーク黒川』は、これからの郊外のロールモデルをつくる気持ちで取り組んでいます」と大島さん。
「郊外に限らず、地域再生のためには『誰でも参加できる場』をつくることが大切なこと」と大島さん
ネスティングパーク黒川の事業主である小田急電鉄の細谷和一郎さんは、「私たち鉄道会社としても、世の中の動きや環境に合わせて変わらなければと、強い思いで計画を進めてきました。ここから郊外の新しい価値を見出していきたい」とイベントを締めくくりました。